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「自社株買いは悪いガバンンス」という新概念(IR Magazine)

毎年株を買い続ける世界最大の投資家は誰だろうか?政府系ファンドか、ブラックロックか、バンバガードか?それともバークシャーハザウェイだろうか?実はこれらの誰でもなく株の発行元である会社そのものが最大の買い手である。多くの場合自社株買いは営業キャッシュフローや内部留保のキャッシュを原資とするが、時には借入金でも行われる。米国では2018年、2019年の2年間でおよそ170兆円の自社株買いが行われた。リーマンショック以来米国だけでなく世界中で自社株買いは強烈に拡大した。例えばアップルは2019年四半期毎に2.2兆円もの資金を自社株買いに投じている。しかし、COVID-19はこのような資金循環の流れを止めたと言ってよいだろう。

政府からの圧力

激減した売上と危機からの出口が見通せない中、企業はコスト削減に留まらず、配当や自社株買いも停止している。米政府は220兆円の危機対応予算を組んだが、公的支援融資を受けた企業には債務の返済後も12ヶ月に渡って自社株買いと配当の支払いを禁止した。

自社株買いの減退は米国だけのトレンドではない。欧州の金融監督当局も銀行に対して自社株買いと配当の支払いを停止するよう求め、英国の銀行は既に予定していた配当の支払いと自社株買いを中止せざるを得なかった。オイルメジャーも原油価格が急落する中自社株買いをやめて現金の流出を止めた。米国の元官僚や知識人で構成されたSystemic Risk Councilは、世界の金融市場で重要なポジションにある金融機関は、従業員へのボーナス、配当、そして自社株買いをすべきでないと主張している。

自社株買いの意義の見直し

投資家はこれまでの安定した資本市場のメカニズムなしで新たな環境に対応しなくてはならいだろう。売上の消失に苦しみキャッシュの保全に注力している企業だけでなく、社会的にも株主還元を目的とする資金使途は許容されなくなってきている。なにしろ社会全体で悪夢のようなCOVID-19と戦っているのだから。

自社株買いをこの環境下で継続している企業は無謀か強欲、もしくはその両方と見られ、世界の非常事態に株主に資金を還流することは企業倫理の欠如と見做されるだろう。多くの企業はこのような社会的風潮をくみ取り配当を抑制し、自社株買いは停止されて、そうこうしているうちにプログラム期間が終わり結局は実施されなくなる。

アナリスト達は自社株買いが無くなったCOVID-19後の資本市場の秩序がどうなるか思慮を重ねている。自社株買いという株価バリュエーションを押し上げる方策を失った会社の株は低い評価に留まり市場センチメントは悪化すると想定する人もいる。別な見方では政府の資本市場への介入が強まり、自社株買いができず成長を押し下げると考える人もいる。

株価評価の新基準とは?

いずれにしても企業、政府ともに自社株買いのインセンティブは失せて、資金を企業内部で再投資することが重視され、新しい株価評価方法が求められることになるだろう。

自社株買いによる株主還元を放棄した企業は企業価値を高める新しい方法を考えなくてはならない。一方で投資家が求めるESGコンプライアンスはコロナ後でも変わらないだろう。その結果研究開発費が増え、M&Aの意欲が高まり、活発なIT投資によりデジタルトランスフォーメーションが促進されるだろう。そして究極のクリーンエネルギーの出現も現実的なものになるかもしれない。投資の焦点はESGの目標達成にあてられ、我々が何十年も親しんできた強欲な資本主義と異なり、持続的成長が可能で人類に優しい資本市場になるかもしれない。

自社株買いが完全に無くなることはないかもしれないが、不適切な施策と見なされ件数は激減するだろう。そして、株主に限らず、ステークホルダー、社会への還元は新しい方法で評価されるようになる。

自社株買いの減退はかなり長期間続くかもしれないが、それは新しい資本市場モデルを模索する良い契機であることに間違いはない。

(本記事は英国IR Media社の許諾の下日本語のみで配信しています。)

2020年5月14日

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