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統合報告書と財務パフォーマンス(金井孝男)

更新日:2023年8月11日

WICIの統合リポート・アウォード

先月、WICI(「世界知的資本 ・知的資産推進構想」)の日本組織であるWICIジャパンによる統合リポート・アウォード2022が発表された。Gold 、Silver、Bronzeの各AwardとSpecial Award(審査員特別賞)の4つのカテゴリーで合計11社が受賞した。(wici2022award1119.pdf (wici-global.com)) 

統合報告書は、投資家を中心とするステークホルダーに対して、主に中長期の視点から、財務情報および非財務情報を開示し、企業の戦略やリスク対応などについて述べるものである。内容としては、経済産業省の「価値協創ガイダンス2.0」が示すように、価値観、長期戦略、実行戦略、KPI、ガバナンスなどをカバーすることが求められる。特に重要なのは、各企業にとってのマテリアリティ(重要課題)を抽出し、それに対する方針や戦略をできるだけ具体的に記載することである。先行きの不透明感が強まっている今日、投資家はサステナビリティに関する情報をより多く求めるようになっており、統合報告書が広く活用されているとみられる。

情報開示は経営強化の手段

WICI受賞の11社は、総じて株式市場での評価も高いとみられるが、統合報告書が優れていても、業績や株価のパフォーマンスが必ず良いというわけではない。統合報告書の選定などで取り上げられない企業でも、業績や株価の面で非常に良好な実績を上げている企業は少なくない。また、セクターごとに情報開示のランキングを公表している日本アナリスト協会のディスクロージャー優良企業選定を見ても、上位の企業が下位の企業の株価パフォーマンスを必ずしも上回っているわけではない。重要なのは統合報告書の作成そのものではく、それを通じて企業としての一体感を醸成すること、また、統合報告書の発行後に投資家との対話を行うことで市場における理解を促進するとともに、投資家の意見をフィードバックすることで企業価値を高めていくこと、であろう。

長年にわたり業績や株価などを持続的に向上させてきた企業の中には、情報開示の良し悪しに関わらず、揺るがぬ競争力によって今後も良好なパフォーマンスを上げ続ける企業があろう。一方で、過去において業績の厳しい局面を経験したり、現在課題を抱えたりしている企業の中には、情報開示を手掛かりに、社内外のステークホルダーと積極的なコミュニケーションを取ることによって、業績回復や株価の上昇につなげている企業もある。

受賞した三井化学はファンダメンタルの改善も進む

今年のWICIジャパンによる統合リポート・アウォードで、Bronze AwardとSpecial Awardの2つの賞を獲得した三井化学もその一例と考えられる。同社は、2021年の日経統合報告書アワードでもES(環境・社会)賞を受賞している。また、日本アナリスト協会のディスクロージャー優良選定企業でも、化学・繊維部門で過去7年間のうち6回で1位となっており、情報開示全般に市場から高く評価されている。

同社は、金融危機の最中の2009年3月期、2010年3月期に、営業利益や当期純利益が連続で赤字となるなど、極めて厳しい状況に直面した。強い危機感を持った当時の経営陣は、コスト削減や事業ポートフォリオの見直しを含む構造改革を断行した。市況変動の大きい汎用石油化学製品の縮小や撤退を実行し、競争力のある自動車関連部材や農薬、ヘルスケア、電子材料などの領域に経営資源を投下し、これらの事業を拡大させてきた。その結果、2015年頃から収益が安定化し、2022年3月期には過去最高益を達成した。

サステナビリティへの対応も早かった

同社では早くからサステナビリティに高い意識を持っており、2006年に経済、環境、社会の3つの視点をともに重視する「3軸経営」を打ち出していたが、2016年に発表された長期経営計画では、「3軸経営のさらなる進化」を謳い、サステナビリティ経営を強化してきた。また同社では2011年という早い時期に環境貢献価値を持つ製品群である「Blue Value」、QOL向上価値を持つ製品群である「Rose Value」の構想を開始している。昨今では自社の環境対応型製品をリストアップして環境重視の取り組みの例として挙げている企業が増えてきているが、三井化学はその点でも先行していたと言えよう。

同社の株価は、業績が低迷から脱するとともに回復に転じてきた。直近では石油化学市況などの業界環境の逆風もあり株価もレンジでの動きとなっているが、過去10年間の株価パフォーマンスではTOPIXを81%アウトパフォームし、旭化成、住友化学、三菱ケミカルグループなどの総合化学メーカーに対しても上回っている。


同社が情報開示に注力してきたことは、社外的には投資家との対話を通じて金融市場の声を社内の戦略策定や経営方針にフィードバックすることにつながってきたとみられる。また、社内的には経営陣の考えが社員にも浸透し、風通しの良い社風の構築につながったと考えられる。非財務情報の開示にも前向きであり、2021年に策定された長期経営計画「VISION 2030」では、ROICなどの財務面でのKPIはもちろん、気候変動や人的資本形成などの非財務面でも多くのKPIを設定している。

一方、同社もビジネスモデルの更なる転換といった課題は依然として多く、収益率や株価のパフォーマンスも改善の余地は大きい。足元のPBRは他の総合化学メーカーよりは若干高いとは言え、0.78倍と1倍を下回っており、将来にわたって同社のROIC(投下資本利益率)がWACC(加重平均資本コスト)を上回るとのコンフィデンスを市場が持てていないと解釈できる。サステナビリティ関連を含む中長期の視点での会社の取り組みは、財務の実績や株価に反映されるのには時間がかかる。同社の継続的な取り組みと今後の市場での評価が注目される。

情報開示の要請はさらに強まる

上場企業のサステナビリティ関連の情報開示に対する要請はさらに強まる見通しである。2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの再改訂によって、気候変動リスクに関してプライム市場上場企業にTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示が求められるようになった。また、今年11月に金融庁から発表されたように、有価証券報告書にサステナビリティ情報の記載欄が新設されること、人的資本、多様性に関する開示が求められること、などが決まる見通しである。その意味では、上場企業への負担は大きくなっている。特にリソースに限りのある中堅以下の企業にとっては大きな課題であろう。

積極的な対応が望まれる

しかし、増加する開示要請に対して、企業が受け身の姿勢で必要な対応のみを行うのか、ピンチをチャンスととらえて社内改革の起爆剤とするのかによって、5~10年後の姿は大きく異なったものになるであろう。本業のビジネスにおいても、環境対応や人権対応などが十分に行われていることは、ユーザーや消費者がサプライヤーを選ぶ上での条件となりつつあり、その傾向は今後さらに強まると考えられる。企業としてサステナビリティ上のマテリアリティを特定し、それに適切に対処することは、企業の存続や持続的成長に関わる最重要課題とも言えよう。開示要請の高まりはそうした企業の取り組みを後押しする面もあり、中長期で見た企業の業績や株価のパフォーマンス格差につながる転換点にあると考えられよう。

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