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新たな難敵インフレにどう対応するのか?(松島憲之​)

低迷する内閣支持率

 岸田内閣が誕生して1年が経過したが、内閣支持率は過去最低となっている。安倍元総理の暗殺事件で表面化した自民党議員と統一教会との関係や、その解明が不鮮明なことが明らかにネガティブに作用している。また、景気低迷を打開するために実施する新型コロナウイルス対策の制限解除決定の遅さへの不満もある。さらに、最近の急速な円安やインフレ台頭から将来への不安が大きくなる中で、「検討はするが決断が遅い」という印象が強い岸田総理で大丈夫なのかという国民の疑念が生じた結果であろう。

 政治問題として適格な処理を正しく行えば統一教会問題は処理が終わるはずだ。また、出口が見えだした新型コロナウイルス対応は、来年以降は大きな問題ではなくなる可能性が高い。それに対して、今後の最大の課題はインフレ対策になるが、これは難敵だ。

世界中でインフレが始まった

 ガソリンや食品など我々の生活必需品の値上げが相次いでいる。しかも、食品などでは値上げ幅が平成以降では最大レベルだ。要因は原材料価格の急騰だが、これは、ロシアのウクライナ侵攻で世界のサプライチェーンが大混乱し、様々な資源や穀物などが供給不足になったことが要因である。この現象は世界を巻きこんだ潮流となっており、おそらく短期的には解消しないだろう。

 すでに米国ではインフレ率が予想以上にアップしたため、中央銀行が政策金利を数回にわたり引き上げることでインフレ抑制を強化している。これが大きな要因となり、日米金利差から円安ドル高が急速に進行している。

日本ではこの円安ドル高が加わり、輸入原料の価格が一段と上昇、企業のコストを圧迫しはじめた。このため、原材料を輸入に頼る食品業界などの企業は販売価格への転嫁をスタートした。従来の合理化で吸収するのは無理だからである。

インフレは長期化するだろう

 昨年まではデフレからの脱却が重要課題だったが、ロシアのウクライナ侵攻による資源高騰や食料供給不足で台頭したインフレ対策が重要課題に急浮上した。

日本経済が長年苦しんだデフレからの脱却を歓迎する向きもあるが、今回は世界的なサプライチェーンの混乱から生じたコストプッシュ・インフレなので対応が厄介だ。言うまでもなく、日本が単独で対応できる政策だけでは対応できない。

 世界的な資源や食糧の供給不足が原因なので、供給を増やす以外の対応策は効果が薄い。供給は短期的に増やすのが困難なので、当面はインフレを抑えられないだろう。

過去は民営化が有効対策に

 私はインフレの怖さやその対処法の難しさを知る世代(おおよそ55歳以上)だが、現役世代の大半がインフレ対策の難しさを知らないのが気がかりだ。

 私は40数年前の大学時代に経済を学んだ。まだ、マルクス経済学(通称マル経)を教える教授が存在していた時代であり、マル経に対するものとして近代経済学という言葉もあった。当時は金融論のゼミに所属していたが、その時の研究テーマは「スタグフレーション」(景気後退とインフレの同時進行)への対応であった。

 この時代の最大の課題であったスタグフレーションからの脱出に貢献した一人が、1976年にノーベル経済学賞を受賞したミルトン・フリードマンであった。彼の著書「選択の自由:自立社会への挑戦」の日本語訳が81年に出版され、マネタリストとしてケインズ的総需要管理政策を批判した内容に感銘を受けたことを思い出す。

 彼の経済理論が、その後の米レーガン政権や英サッチャー政権の政策に大きく影響、「民営化」などの経済政策の実行で経済的苦境から脱出に成功した。また、米連邦準備制度理事会のグリーンスパン議長やバーナンキ議長の経済思想にも影響したのは有名だ。

 当時は出来上がった経済体制が硬直化し、経済が行き詰っていた。その経済活性化と効率化推進のために、劇薬ではあったが民営化が大きく役立った。日本でも小泉内閣が民営化を推し進め、郵政民営化などはその象徴となった。民営化は、当時の硬直した経済体制の一時的な再建では、有効な手段であったかもしれない。

民営化から官営化がキーワードに

 しかしながら、現在の危機は、経済体制の部分的なてこ入れではなく、抜本的な改革を必要としている。この点が、過去との大きな違いだ。

 これは安全保障問題の台頭が要因である。一定の安全保障が担保されていることを前提に、ベルリンの壁の崩壊以降に成長を続けてきたのがグローバル経済だ。だが、ロシアのウクライナ侵攻や米中摩擦で、生命線のサプライチェーンが分断され、今では変質を余儀なくされている。もはや元の状態には戻れないので、新たな経済体制(ブルー経済圏とレッド経済圏に分かれるブロック経済)を作らざるを得ないだろう。

 日本でも最近まで、水道や電力などの基礎的なインフラまで民営化を推し進めてきた。電力販売の自由化などで電力販売に多数の企業が参入したが、今回のエネルギー危機で機能マヒを起こし、収益が悪化したために存続できない企業も多数出る見込みだ。

 私は世界的なインフレーションが景気後退と重なりスタグフレーションとなることを危惧している。これに対応するには、従来の常識を捨てて、新たな戦略で臨む必要がある。経済構造が大変革する時に株主が存在し収益を重視する民間を頼るわけにはいかない。

 前回の経済回復政策のキーワードが「民営化」だったのに対し、今回のキーワードは「官営化」や「官民共同」になるだろう。新たに理想の経済体制を創造して、それを起点とするバックキャスティングで政府が主導となる新産業政策を出すことがスタグフレーション解決への道だと考える。

 岸田内閣は「新しい資本主義」という戦略テーマを掲げているが、その内容は表面的なものが多く、未来変革を深く考え抜いた今やるべき具体案はあまり示されていない。インフレ対策も目先の効果を期待する補助金頼みだ。抜本的なインフレ対応の具体的戦略を打ち出すことが内閣支持率アップの要件だが、残念ながら過度な期待は持たないほうがよさそうだ。

 岸田総理は同じ広島出身の池田隼人元総理を尊敬している。首相がトップを務める宏池会を設立したのは池田隼人元総理である。池田元総理は、日本の高度経済成長を主導した長期経済計画(1960年)である「国民所得倍増計画」(経済ブレーン下村修氏)を実行して、日本が経済大国になる道を拓いた。前回の東京オリンピック開催に合わせて名神高速道路や東海道新幹線などの交通インフラが形成されたのがこの時代だ。その副作用は1964年オリンピック終了後に「昭和40年不況」(1965年)という形で現れるが、池田氏が病気で総理を辞任した後のことであった。

 岸田総理はこれを真似た形で、自民党総裁選で令和版所得倍増計画を打ち出したがこれは自然消滅、22年5月に英国のシティでの講演で資産所得倍増計画をいきなり発表した。これも、今のところ不発に終わろうとしている。

 岸田内閣に期待したいのだが、残念ながら現在のキャッチフレーズ先行の経済政策ではインフレ抑制は難しいだろう。当面は企業独自の対応でしのぐ覚悟を持つ必要がある。

インフレで拡大する二極化現象

 原材料コスト上昇に対する企業行動は価格転嫁だが、ブランド力や商品性能などに優位性があれば成功する。しかし、消費者は給与所得上昇が遅れるため、消費量を減らすか、価格の安いモノやサービスへのシフトでしのがねばならず、消費行動が減退する。

 2022年度4-6月期決算では、好決算発表企業と不振企業が二極化したが、9月の上期はその格差がさらに拡大しよう。

 好決算企業に共通するプラス要因は、製品やサービス価格の値上げによるコストアップの吸収と円安メリットだ。それに販売数量を増やした企業には数量効果も加わった。

 世界的に供給が不足している半導体は好決算の典型例で、半導体を必要とする企業に対して高価格で供給することができた。また、旺盛な半導体需要に対応するため、実行する設備増強投資で半導体製造装置関連企業もかなり大きな恩恵を受けている。

 従来の自動車業界は、一定の需要増があるものの、それを大幅に上回る供給過剰状態の中で厳しい生き残り競争をしてきた。そのため、新車販売での値引きが常態化し利益を毀損していたのだ。しかしながら、半導体供給不足で自動車の供給過剰が供給不足の状態に転換、値引きをする必要がなくなり、実質的な値上げが実現している。これに円安メリットも加わっている。

いいものは高く売るが新常識

 日本企業の弱点は、「いいものを安く売る」という古くて意味のない経営哲学への固執だ。高度成長期のように販売数量が大幅に拡大し続けるのなら、数量効果で利益を伸ばせるので低価格供給もよい。しかし、需要が一定水準しか伸びないのなら「いいものは高く売る」という経営哲学に転換せねばならない。これが世界の常識だ。今年の決算は、経営哲学を転換し持続的成長を実現できる企業を選別するよい機会になるだろう。

新しい利益配分ルールに注目

 今後の課題は、円安で潤う企業と原材料価格高騰でコストアップに苦しむ企業の拡大する利益ギャップを埋めることだ。

 長期にわたるデフレ経済下で見直されなかった価格決定メカニズムの変更は、今後は様々な分野で出てくるだろう。すでに、鉄鋼会社が自動車会社に対して過去に例がない形で鋼材価格の大幅値上げを要求したが、生き残りのためには絶対必要なことだ。

 また、サプライチェーンの中での利益配分を見直さないと、脆弱な中小企業が苦境に陥りサプライチェーンの維持が困難になり持続的成長ができなくなる。

投資家は個別企業の利益水準だけを見るのではなく、持続的成長を可能とする適正な利益配分がサプライチェーン内でなされているのかをしっかり見極めて評価する必要があろう。

2022年10月4日

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