top of page

注目されるリスキリングと日本近代社会の大構造転換(松島憲之​)

(1)「リスキリング」とは何か?

 最近、「リスキリング(Reskilling)」という言葉をよく目にするようになった。日本経済新聞の8月17日朝刊のきょうのことばにも「リスキリング」が取り上げられている。そこには、「リスキリング」を「企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)などで必要になる仕事上の新たなスキルを従業員が取得すること」と書いてある。岸田内閣は人的資本の重要性を強調しているが、世界はその先を行く。世界経済フォーラム(ダボス会議)では、2018年から「リスキル革命」というセッションが開催されているが、そのセッションでは2025年までにDXなどで従来の事務職など8500万人の雇用が失われるが、9700万人の新たな雇用が生まれると予測した。これへの対応のため、2030年までに世界で10億人がリスキリングされるとしている。

(2)世界の有力企業は「リスキリング」をすでにスタート

 このような将来の大変革に対して欧米の有力企業はすでにリスキリングを実施している。AT&Tは、2008年に恐ろしい未来予想を持った。25万人の従業員の中で未来の事業に資するスキルを持っている人は半数しかおらず、ハードに関する技能しか持たない約10万人は消滅するという内容だ。それに対応するため、2013年に「ワークフォース2020」というリスキリングのイニシアティブをスタートし、2020年までに10万人のリスキリングを10億ドルで実行、その結果として社内技術職の80%を社内でカバーしている。リスキリングのプログラムに参加した従業員は参加しなかった従業員よりも評価や昇進スピードが高まり、離職率も低いので、AT&Tのリスキリングは現時点までは成功したとみてよいだろう。

 アマゾンも2025年までに10万人のリスキリングを発表。非技術系人材を技術系人材にシフトするアマゾン・テクニカル・アカデミーや、エンジニアがAIなどの高度技術を取得するためのマシン・ラーニング・ユニバーシティを創設してリスキリングを進めている。

(3)経営者が「リスキリング」を正しく理解しているかが重要

 日本企業の中でも優秀な企業は欧米先進企業の動きに追随しようとしている。ただし、その中身を見ると誤った対応もある。最も多いのが、「リスキリングはDX人材の育成や獲得の課題である」という誤解だ。DXは企業の価値創造の全プロセスを変革する取り組みであり、一部の人材ではなく全社対応が必要であるという意識を経営者が持たねばならない。 また、「日本企業が得意なOJTの延長で解決できる」という誤解もある。OJTは現在あるものから発展する連続的な学習だが、リスキリングは非連続な技能の新たな学びである。社内の力だけでは解決できない領域もあるという事実を経営者が受け入れて、コストが高くても必要ならば優秀なコンサルタントなどの社外の力を積極的に活用するという認識を持つことだ。

(4)日本近代史の中の2大変革とリスキリング

 歴史を紐解くと、日本でも社会構造の大変革を起こす重要な要素がリスキリングであったことがわかる。ここでのリスキリングは「新しい社会をつくるために、必要なスキルを習得する」ことであり、これが変革の成功条件だった。特にこの変革が顕著だったのが、➀幕末から明治初期での社会変革(サムライ支配の消滅)への対応と、②太平洋戦争での敗戦後の大変化(皇国思想から民主主義への大転換)であった。

(5)明治維新の成功要因

 日本で最も長い安定政権を確立したのは江戸幕府で、平和な時代が長く続いた。江戸時代の社会基盤は士農工商の身分制度と儒教思想であり、鎖国でそれを守った。しかし、幕末の黒船来襲により鎖国が壊され、欧米列強の脅威が迫る。その時に、欧米列強に対抗するために蘭学や洋楽を学ぶ新たな人材育成を幕府や各藩が実行したが、これは今でいうリスキリングである。明治維新が起こり江戸幕府は消滅した。反幕府軍が勝利した原動力の一つが長州の高杉晋作が創設した武士と庶民の混合編成の奇兵隊であろう。火器が主役の戦いは、帯刀するこができるサムライだけの仕事ではなくなったのである。また、西洋の武器や戦術を実践した医者の大村益次郎の存在も大きい。言うまでもなくこの二人はリスキリングにより羽ばたいた天才児であり、これを有効活用したのが明治維新成功の一因である。最終的に幕末からのリスキリングに対応できなかったサムライの最後が、明治10年に西郷隆盛を首班とする西南戦争であった。この後は名実ともにサムライの世ではなくなった。

 その後、明治政府が欧米列強の脅威の中で植民地化されず生き延びたのも、和魂洋才で西洋文化を日本に積極的に導入したからだ。リスキリングで西洋技術を学んだ日本人と外国人顧問が富岡製糸場や八幡製鉄所などの官製工場で文明開化を実践したが、西洋技術導入の初期に大きな役割を果たしたのが、幕末のリスキリング人材であった。

 その後、この流れを継いで成長したのが旧財閥であった。特筆すべきは、事業の創業者やそれを継いだ経営者がリスキリングの重要性をしっかり認識して、それぞれの分野で人材育成に注力し人材育成を積極的に行ったことだろう。その結果、日本は急速に欧米文化を導入して先進国の仲間入りに成功した。

(6)リスキリングができていなかった昭和の軍部

 しかしながら、日清戦争や日露戦争に勝利した大日本帝国は、国民や軍部が増長した。驕りはいつの時代も禁物だが、昭和に入り政治家が軍部の暴走を制御できなくなり、1932年に支那への侵略戦争開始、そして無謀な太平洋戦争に突入し1945年の敗戦を迎えた。

 開戦時における日米の国力差は明かに数字が物語る。現代人から見れば、日米開戦などお話にならないレベルの問題だろう。この格差を大和魂で補えば勝てるなどという浅はかな思想を持つ軍幹部の存在が癌であったが、軍隊での古い思想と組織を活性化できなかったことが敗戦の最大要素だろう。

 日露戦争前に連合艦隊司令長官を東郷平八郎に抜擢したのは、日露戦争が日本にとって極めて大きなリスクであったという明治政府幹部の認識の表れで、結果的には適材適所の人事であった。情よりも実利をとったのである。日本海海戦に完勝した東郷平八郎は、連合艦隊解散ノ辞の最後を「古人曰く、勝って兜の緒を締めよと」という言葉で締めくくったが、残念ながらその教訓は活かされなかった。それだけではなく、国民に連合艦隊の不敗神話のようなものが広がったことや、少数の兵力を精神で補えるという誤った思想が広がってしまったのも残念な点である。

 明治政府の危機感に対して、昭和の政府や軍部の危機感は薄かった。また、太平洋戦争では適材適所に有能な幹部配置ができず、無能な司令官が多く指揮をとり兵士や国民を死に追いやった。情で人事を行った軍幹部のリスキリングが十分できていなかったのである。インパール作戦などはその典型であろう。

(7)戦後の大改革

 敗戦後は天皇陛下が現人神から国民の象徴になり、民主主義が一挙に浸透した。ここでは皇国思想から民主主義へ1億の日本人の思想大転換が行われたが、これは歴史上希な国家全体のリスキリングかもしれない。学校教育の変革がその基盤であったが、国民がみな義務教育を受ける制度が定着していたので浸透は早かった。

 戦後10数年で日本は高度成長期を迎えたが、その原動力になったのは産業の復興であり、先進技術の民間への応用であった。戦前や戦中に開発された軍用の航空機などの技術が新幹線や自動車に応用され、技術者が新たな領域で活躍した。これも切羽詰まったことで生まれたリスキリングであった。

 そして、電機産業や自動車産業を代表格とするものつくり大国日本となっていったのである。しかしながら、産業構造のソフト化で、日本が世界最強であった自動車などが危機に瀕しているのが現状だ。

(8)人的資本コンソーシアムにSESSAパートナーズが参画

 今なぜリスキリングが必要なのか?答えは簡単である。リスキリングを行わないと従来型の企業は死滅するからだ。

 しかしながら、リスキリングを行うための明確な目標マップの作成、その成果報酬を正しく分配できるためのジョブ型雇用への転換などの人事制度改革が成功の条件になる。経営者が長期ビジョンを持って生き残りのための大変革を行う覚悟が問われているのである。

 人的資本コンソーシアムにSESSAパートナーズが参画することが決まった。人的資本コンソーシアムの設立意図は、企業の持続的な企業価値向上には、①経営陣が自社の中長期的な成長に資する人材戦略の策定を主導し実践すること、②その方針を投資家との対話や統合報告書等でステークホルダーに説明すること、が欠かせないからである。

 「人への投資」に積極的な日本企業に世界中から資金が集まり、次なる成長へと繋がることが理想だ。それが実現できるように、SESSAパートナーズは企業に積極的なアドバイスを送るつもりである。

2022年8月21日

最新の投稿

2024年9月6日

ぐるなび (2440) リサーチカバレッジを開始しました。

レポート詳細は こちら

2024年8月9日

日本株へのシフトを進める香港投資家

去る7月上旬に香港でコーポレート デイ/Hidden Diamondsを弊社主催、JPX後援で開催した。JPXさんからは、運営支援・接遇に加えて投資家向けにランチプレゼンテーションも実施していただき、参加者にとっては大変有意義なイベントとなった。弊社の海外でのIRイベントは...

2024年7月21日

ステラケミファ (4109) リサーチカバレッジを開始しました。

レポート詳細は こちら

contact_visual.jpg

お問い合わせ

Contact

電話またはメールでいつでもお気軽にお問い合わせください

bottom of page