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米国中間選挙とESG投資(金井孝男)

予想に反して民主党が健闘

11月8日に投票が行われた米国の中間選挙は、共和党の圧倒的優勢との事前予想に反し、民主党が健闘する結果となった。連邦議会の上院は民主党が50議席を獲得し、ハリス副大統領の1票を含めて多数派を維持することが確定した。また、州知事選でも、改選36州のうち民主党は少なくとも1州増やした(アラスカ州とアリゾナ州は開票中)。下院では共和党が優勢ながら接戦となっており、日本時間11月15日時点で勝敗の結論は出ていない。下院は共和党が制する可能性が高いとみられるが、その場合でも僅差の勝利にとどまるであろう。

4年に1度の大統領選挙の間に行われる中間選挙では、そもそも政権与党が議席を失う場合が圧倒的に多い。加えて今回は、インフレ率の高止まりなど国民の政権に対する不満が強かったことから、共和党の優位は固いとみられていた。それだけに選挙結果は意外と受け止められており、バイデン政権は懸念された指導力低下を免れることになろう。そしてこのことは、後述のように米国における環境問題やESGなどの議論にも一定の意味を持つであろう。


ESGにも政治的な影響

米国社会の分断が深まっていることは、中間選挙での選挙活動でも改めて明らかとなった。共和党の選挙結果が振るわなかったことで、トランプ前大統領の影響力は今後低下するとも見方もあるが、依然として2024年の大統領選の共和党の有力候補の一人である。また、今回の知事選で圧勝し、トランプ氏の有力な対抗馬とみられるフロリダ州のデサンティス知事も政策的には保守派である。現在の共和党保守派に共通するのは、国際社会よりも米国内の問題を重視する傾向が強いこと、環境保護や多様性を重視する主張については消極的あるいは否定的であること、などである。2024年の大統領選挙では、環境問題やエネルギー産業に対するスタンスなども、民主党と共和党の間で争点の一つとなるであろう。

政治に影響されるエリサ法の解釈

このことは投資の世界にも影を投げかけている。ESGを考慮した投資は、党派対立の標的の一つとなっている。代表的な例が、米国のエリサ法(従業員退職所得保障法)に関する議論である。同法は企業年金の受給者の保護を目的に受託者責任を義務付ける連邦法であるが、ESGを考慮した投資に関する受託者責任の解釈が政権交代の度に変更されてきた。最近の動きを見ると、民主党オバマ政権下の2015年には、投資のリターンやリスクが他の投資手法に比べて経済的に同等かそれ以上であればESGを考慮した投資は可能、という解釈がなされた。しかし、共和党トランプ政権では一転して、金銭的要素のみに基づいて投資を行うべき、とする投資義務規則が2020年に採択された。

これに対し、2021年に就任したバイデン大統領は、この規則の執行を一旦停止し、見直しを労働省に命ずる大統領令に署名しており、2021年10月に労働省から新たな規則案が公表された。パブリックコメントの募集を経て、新たな規則が制定される見通しである。この中では、ESG要素を考慮することが可能ということにとどまらず、投資先の財務に影響を与える可能性がある場合は、投資のリターンやリスクの点からむしろESG要素を考慮すべきである、としている。従来の民主党政権での判断より更に一歩踏み込んだ内容と言える。しかし、2024年の大統領選で共和党候補が勝利すれば、この判断が変更される可能性も十分にある。

州政府でも党派的な動きが強まる

州政府のレベルでも、民主党と共和党の考え方の違いは、ESGを考慮した投資に様々な波紋をもたらしている。今年1月、ウェストバージニア州の財務官は、州の運営ファンドを管理する財務省投資委員会が、銀行取引の一部としてブラックロックの投資ファンドの使用を終了する、との発表を行った。ブラックロックが石炭、石油、天然ガスなどの産業に害を与える「ネットゼロ」投資方針を採用するように投資先企業に促していることなどが理由としている。さらに同州は7月に、エネルギー産業とのビジネスを制限しているとの理由で5つの金融機関を州の銀行取引の対象外とすることを発表した。

8月には共和党が主導権を持つ19の州の司法長官が連名で、ブラックロックに対して投資方針の問題点を指摘する内容の書簡を送った。この中では、ブラックロックが州民の財産を用いて企業に対してパリ協定などの合意を順守するように圧力をかけているとの主張や、反トラスト法への抵触の懸念などが述べられている。

フロリダ州ではデサンティス知事の主導により、今年8月に、州のアセットマネジャーに対して、投資は最大のリターンを求めるために行うべきであってESGなどのイデオロギー的議題を考慮すべきではない、とする決議を行った。テキサス州でも8月に、化石燃料企業をボイコットしているとする10の金融機関を指定し、州の年金資産の運用を禁止するとの方針を打ち出している。これに対して、そのうちの1社であるブラックロックでは、テキサス州のエネルギー企業に多額の投資を行っており、決してボイコットはしていないと反論している。このように、共和党の影響力が大きい州では、ESGを考慮した投資に対する逆風が生じている。今回の中間選挙で共和党が議席を伸ばせなかったことで、反ESGの機運が一気に勢いづくことはないであろうが、ESGにとって米国の政治動向は不確定要因の一つと言える。

それでも潮流は変わらない

しかし、世界的には企業のESGの取り組みやESG投資拡大の潮流が変わることはないであろう。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書では、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」としており、気候変動の抑制が人類共通の課題となっている。実際に、世界中で熱波、干ばつ、ハリケーン、洪水などが頻発しており、米国も例外ではない。気候変動問題に起因する企業の経営環境の変化は顕著になっており、それを軽視すれば企業は持続的成長はもとより生き残りも難しくなるであろう。社会的問題やガバナンスについても同様とみられる。米国の共和党が主張するように、投資を金銭的要因のみから判断すべきであるとの主張を是とした場合でも、ESGの視点を取り入れることは不可欠になっていると考えられる。

企業の情報開示の面でもサステナビリティについて充実を求める動きは強まっている。米国証券取引委員会(SEC)は今年3月、気候変動についての開示を上場企業に要求する気候関連開示規則案を発表した。また、国際会計基準(IFRS)財団によって設立された国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は、同じく3月にESG情報の国際的な開示基準の公開草案を発表している。日本でも11月7日、金融庁から、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示を制度化するとの案が発表された。2023年はこれらの制度開示のルールがより確立され、施行される年となろう。このように、企業や投資家、規制当局、民間団体などを巻き込んだESGの潮流はすでに不可逆的になっていると言えよう。

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