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重要性が増す「ダブルマテリアリティ」(松島憲之​)

1. 統合報告書作成に向けてラストスパート


 早くも5月が終わろうとしている。3月決算の会社は決算発表や決算説明会を終え、IR部門はより深い内容について質問に来る投資家への対応などで忙しくしていることだろう。また、6月に開催される株主総会の準備も始まる。

 さらに、注目度を増している統合報告書の仕上げの時期を迎え、8月末から10月初旬の発行を目指してIR部門などの統合報告書政策担当者がラストスパートをかける。

統合報告書を発行した企業数は昨年1,000社を超え、まさに投資家との対話にとっての有力なツールになってきた。凡庸な内容のものがまだ多いが、投資家のニーズを踏まえ、環境や社会への貢献など時代を先取りした価値提供を記載する優秀な統合報告書もかなり増えている。

 その原点となるのが、企業理念の再設定である。新常態が進む中、過去の企業理念では対応しきれない課題や問題点が明らかになった企業は、企業理念の再設定を行っている。

最近の流行語でいえば、企業の社会的な存在価値や社会的意義を意味する「パーパス」の決定である。パーパス経営という言葉が生まれたように、まずはバックキャスティングでこれを考えることが最優先の経営課題なのだが、まだこれができていない企業があるのは残念だ。



2. マテリアリティとは


 パーパス決定の次に重要になるのは、マテリアリティの特定だ。企業の存在価値や社会的意義を具体化するために、自社の活動に関連する社会的課題を洗い出し、影響の大きさを評価し、優先順位をつけ、具体的に取り組むべき課題を示すことである。 このプロセスを、「マテリアリティ分析」または「マテリアリティ特定」という。

 マテリアリティは、企業経営において企業価値向上を実現させる上で重要な要素となる。

自社の重要課題を特定するには、このマテリアリティを用いて優先的に取り組むべき課題を見つけ、リスクやステークホルダーに対する影響の分析、ヒアリングなどを経て解決することが有効的な手段となる。

 特に企業のマテリアリティでは、自社に関わるステークホルダーとの関係性やESG (Environment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス/企業統治))が重要な要素となる。

 また、マテリアリティは枠組みや基準によって考え方が変わるため、課題を特定する際は目的や求められている情報とマテリアリティをしっかりと照らし合わせて判断する必要がある。



3. 「シングルマテリアリティ」と「ダブルマテリアリティ」の違い


 企業におけるマテリアリティは、従来は主に「シングルマテリアリティ」の特定だったが、今後は「ダブルマテリアリティ」の重要度が増す。これは、後述するように開示ルールを早期に定めてそれを国際化することに長けているEUでの動きがあるからだ。

「シングルマテリアリティ」は、環境変化などが企業財務にもたらす影響を重視した考え方で、主に投資家が利用することを目的としている。例えば、気候変動関連リスクなどによる財務的影響を情報開示するTCFD提言は、「シングルマテリアリティ」の代表的な分野である。

最近注目されている「ダブルマテリアリティ」は、企業の財務的影響(シングルマテリアリティ)だけではなく、企業活動が社会や環境にもたらす影響を含めた二つの側面から受ける影響を重視した考え方である。

「シングルマテリアリティ」が投資家に向けたものなのに対し、「ダブルマテリアリティ」は投資家だけではなく、消費者、従業員、社会など幅広い枠組み内容となる。


4.「ダブルマテリアリティ」の開示が重要課題に


 「ダブルマテリアリティ」の開示については、EUを中心に今年から急速に進展するだろう。日本では、EUにおける開示スタートから数年遅れで同じような内容を要求されるケースが多いので、今からこの変化に注目する必要がある。

 EUでは、「ダブルマテリアリティ」を基準とした競争力と市場アクセスのメリットの開示を義務化している。これを明記したのが、企業サステナビリティ報告指令 (CSRD: Corporate Sustainability Reporting Directive)であり、その影響に注目せねばならない。

 CSRDは、EUのサステナビリティ報告フレームワークの重要な構成要素であり、CSRDは、EU非財務報告指令 (NFRD: Non-financial Reporting Directive)を基盤とし、2024年から始まる会計期間から段階的に導入される。

 CSRDの重要な特徴の1つが、「ダブルマテリアリティ」の概念が強調されていることだ。ここでは、「ダブルマテリアリティ」について、サステナビリティに関する報告時に以下の2つの要素を要求している。


➀財務的マテリアリティ:企業は財務上重要とされるサステナビリティ事項について報告せねばならない。企業の財務パフォーマンス、発展、および立場に直接影響を及ぼす事項など。これらの観点は、企業の価値と安定性に関連するため、投資家が特に関心を寄せる事項である。


②環境および社会的マテリアリティ:企業は環境、社会、従業員、および他のステークホルダーなど、外部要因に影響を及ぼす社会や環境問題についても報告を求められる。これらは、投資家だけでなく、市民、消費者、ビジネスパートナー、コミュニティ、社会などを含む範囲広い関係者に影響を及ぼす。


 CSRDはNFRD(Non-Financial Reporting Directive)で対象とされた11,600社に比べて、合計約49,000社を対象とする見込みで適用範囲が大きい。

 EUで子会社を持つ、または欧州市場に上場している日本企業を含む全企業は、CSRDの基準に従って報告することが今後義務付けられる。従って、日本企業にとってもダブルマテリアリティ や、CSRDに関する理解や準備を進めることが重要となるのである。

 CSRDは、2014年のNFRD指令の範囲、報告方法、基準、デジタル化について、ダブルマテリアリティを意識した改定を行っている。具体的には以下である。

 大企業に対しては、環境権(気候変動、生物多様性)、社会権、人権、ガバナンスなどに関連する持続可能性に関する諸問題について報告が求められる。

環境事項については、GHGプロトコル(企業のスコープ1、2、3排出量の開示)を含む報告が求められる。

 また、EUの持続可能な経済活動の分類システムであるEUタクソノミ規則で定められている6つの環境影響基準(気候変動の緩和、気候変動への適応、水・海洋資源、資源利用と循環型経済、汚染、生物多様性と生態系)も必須項目となる。企業は、これら6つの環境影響基準を満たし、いかに環境目標に実質的に貢献するかについて開示が求められる。 

 これらの基準に沿って、自社のビジネスモデルと戦略が以下の事項に適合していることを確認するために、企業が設定した持続可能性目標と科学的根拠に基づく移行計画の開示も求められる。実務面では早期に対応をスタートしないと間に合わなくなる懸念がある。


5. 意味のあるサステナビリティ情報開示をしよう!


 今日は、「シングルマテリアリティ」と「ダブルマテリアリティ」の違いについてご紹介してきた。「シングルマテリアリティ」は、環境や社会が企業に影響をもたらすものであり、「ダブルマテリアリティ」は、シングルマテリアリティの要素に、企業が環境や社会に影響をもたらす考え方を加えたものである。

 しかしながら、最近では、環境や社会の「変化」を重要視した「ダイナミックマテリアリティ」の考え方も取り入れられるなど、さまざまなマテリアリティの考え方がでている。

「ダイナミックマテリアリティ」は、マテリアリティは時代とともに変化する動的なものであるという考え方である。

 企業の財務状況は、時代の変化や企業経営の変化によって左右される。例えば、数年にわたるコロナウイルスの蔓延で、これまではマテリアリティと見ていなかった従業員やその家族の健康課題などを、財務的マテリアティとして見直すことなどが、ダイナミックマテリアリティの考えである。

 この「ダイナミックマテリアリティ」が示されたのは、2020年9月に5つの団体(CDP、CDSB、GRI、IIRC、SASB)が公表した共同声明「Statement of Intent to Work Together Towards Comprehensive Corporate Reporting」であった。

時代の変化と企業の変化に柔軟に対応していくには、「シングルマテリアリティ」や「ダブルマテリアリティ」の考えだけではなく、変化を重視する「ダイナミックマテリアリティ」の考えに基づいた経営を意識することが企業価値向上に必要になる。

 これまで考慮してこなかったテーマが環境や社会で重要になったり、財務的に重要になったりするという考え方は当然のものであり、「ダブルマテリアリティ」や「シングルマテリアリティ」といった対象範囲に関するだけの問題ではない。「ダイナミックマテリアリティ」では、影響の程度も時間の経過とともに変化するものとしているのである。

 最も重要なことは「何のためにマテリアリティを用いるか?」ということだ。マテリアリティの見直しは、中期経営計画の期間ごとに行なうことが理想であり、特に企業の経営環境や事業環境の変化を常に把握して柔軟な対応をすることが重要となる。

今年は、ここで述べたような新しいマテリアリティへの対応を実施する企業がかなりでると考えるが、それをどのような形で統合報告書にそれを記載し、投資家との対話につなげるのかが楽しみである。


(SESSAパートナーズ チーフアドバイザー)



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