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人的資本開示の要請高まる:企業の人材育成方針にも注目(金井孝男)

更新日:2023年9月26日

サステナビリティ情報が制度開示に

金融庁から有価証券報告書の記載事項の改正が発表され、有価証券報告書にサステナビリティ情報の記載欄を新設すること、人的資本、多様性に関する開示を求めること、が決まった。人的資本では、人材育成方針と社内環境整備方針について記載することが要請される。また、多様性では、女性管理職比率、男性育休取得率、男女間賃金格差の開示が求められる。

3月決算の企業は、2023年3月期から開示が求められることになり、短期間で準備を行う必要がある。サステナビリティ情報の開示で先行する企業では、すでにこれらの情報について統合報告書や有価証券報告書に記載しており、今回の改正で求められるフォーマットに従って組み直す作業となろう。一方、これらの開示が不十分な企業では、何をどのように開示すべきかと対応に追われているところも多いとみられる。

定量情報を交えた開示が望まれる

新設されるサステナビリティ情報の記載欄では、サステナビリティの各テーマについて 「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標及び目標」の項目で開示することが求められる。人的資本および多様性については、「戦略」項目で人材育成方針と社内環境整備方針について述べ、「指標及び目標」項目で、測定可能な指標や目標を記載することになろう。また、なるべく多くの定量的な情報開示が望まれることから、多様性に関する上記3つの指標以外にも、女性採用率、障がい者雇用率、一人当たりの年間平均研修時間、一人当たりの研修投資額、研修への参加率、従業員エンゲージメント度などが記載されることが予想される。

人材版伊藤レポート2.0に沿った戦略策定および開示

人的資本や多様性については、基本的には、「人材版伊藤レポート2.0」で述べられているように、3つの視点と5つの共通要素に基づいて人材戦略を整理し、フォーマットに従って記載することが望まれよう。ただし、これら8つの項目すべてを揃えられる企業は限られているとみられ、2023年3月期の有価証券報告書では、まずは可能な情報を開示し、投資家などからのフィードバックを生かしながら、戦略の深化や社内体制の整備、開示の改善を継続して行っていくというスタンスが望まれよう。


人的資本投資が重視される背景

人的資本に関する開示が強く求められるようになった背景には、これまで人的資本投資が不十分だったことが日本企業の競争力低下につながったという問題意識がある。実際に、日本企業の人的資本投資額は欧米先進国と比べて最も少ない状況にある。また、日本企業の従業員エンゲージメントが国際的に見ても低いという結果がある。企業の競争力の向上のためには人的資本の強化が欠かせないだろう。また、事業ポートフォリオの変革やDXへの対応が強く求められているため、リスキル・学び直しの重要性が高まっているということも人的資本が注目される理由であろう。企業は人材育成のために、様々な目的や階層に合わせて研修の機会を増やすことが求められている。投資家の間でも、人材育成や多様化の視点から企業の将来性を判断しようという機運が高まっている。

OJT・Off-JT・自己啓発

企業における人材育成は、職場の実務を通じて必要な知識やスキルを学ぶOJT(On the Job Training)、職場を離れて研修プログラムなどによって行われるOff-JT(Off the Job Training)、社員が自らの意思で知識やスキルを身につける自己啓発、に分けられる。日本の経済や産業界が好調だった時代には、日本企業の強みの一つとしてOJTが評価されていたが、1990年代以降、日本経済の停滞が続き、日本企業の競争力が低下している中で、昨今では日本企業の人的資本投資の少なさと併せて、OJTに頼った社内教育システムに問題があるとの指摘が多くなっている。

OJTを重視する優良企業は意外に多い

しかし、国際競争力が高く、企業価値を伸ばしてきた企業の中に、OJTを人材育成の中心として実施している企業は意外に多い。例えば、日本で時価総額3位のキーエンスは、Webサイトの人材育成の欄に、育成に関する基本方針として、「積極的に『仕事を任せる』」、「育成の基礎となるOJT」、「『研修』で総合的な能力開発を促す」の3点を掲げており、Off-JTとのバランスを取りつつOJTを中心に据えている。同社営業のロールプレイングなどはOJTの典型的な例であろう。伊藤忠商事は、やはりWebサイトの人材育成の欄で「『OJTによる業務経験付与』を育成の中心とし、『評価とフィードバック』により成長意欲を醸成し、研修によって『知識・スキル習得』を補強している」と述べている。トヨタ自動車も、Webサイトで、「人材育成の基本は業務を通じたOJTである」としており、「日々の業務を通じて、上司が部下に問題解決に向けた分析手法や対策の方向性を追加・修正し、対策を実行していく上でのプロセスを伝授していくことが何よりも効果的」と述べている。OJTにより、最も重要な経営資源である従業員ひとり一人が考える力や創造力を身につけ、自己成長を促進することで仕事のやりがいが高まるという考え方である。

ダイキン工業は、統合報告書の人材育成の方針の欄で、「『人は仕事の経験を通じて成長するもの』という考え方のもと、一人ひとりの適正を見極めて仕事を任せチャレンジさせるOJTを基本とし、OJTを補完するものとして多様な育成の機会を用意している」と述べている。信越化学工業は、アニュアルレポートの人材開発の欄で、「現場では、本質的な成長は日常の経験の積み重ねの中にあるとの考えからOJTを重視しつつ、柔軟な発想力と自発性を有する人材の育成を目指している」と記載している。これらの企業以外にも、人材育成においてOJTを中心に据えている企業は少なくない。

計画されたOJTは競争優位性の伝承に寄与

これらの企業に共通しているとみられるのは、OJTを現場任せにせず、組織としてフィードバックの仕組みやPDCAによる改善の取り組み、メンターの教育などの体制を整えていることであろう。また、有望な人材には積極的に機会や責任を与えて経験を積ませるといったことにも共通点があるように思われる。

いずれの会社もこれまで成功してきた企業文化が根付いており、知識や技能はもちろん、ビジネスに取り組む姿勢、顧客との関わり方、社内の他部門との連携といった日常的な基本動作や発想が、現場での教育や訓練を通じて伝承されていると言えよう。もちろんこれらの企業でもOff-JTの重要性は認識されており、多様な研修プログラムも用意されている。Off-JTは、個々の社員が能力を高めスキルを磨くことが会社の競争力につながるという視点からはやり重要である。また社員のリスキリングが求められる場合も増えており、それはOJTでは対応できない。大事なのは、OJT、Off-JT、自己啓発を有機的に結び付けて、より有効な人材育成を行っていくことであろう。

開示には工夫が必要

OJTは投資額や費やす時間といった定量的な指標でとらえることが難しく、内容も現場ごと、人ごとに変わるため、開示の面でも難しさがある。どうしても定性的な説明が中心となろう。しかし、競争力が高く、強い企業文化を持っている会社のOJTは競争優位性を維持していくために重要なものと考えられ、企業理念やビジョンを実践する上でも鍵となるであろう。投資家の関心も高いとみられる。このため、各企業では、OJTについてどのようにわかりやすく開示するかについて工夫が求められよう。

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